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働き世代こそ知っておきたい「体の衰え」のサイン― 今の過ごし方が、10年後の自分を変える ―

― 今は元気だけど、10年後に差が出る ―
「体の衰え」と聞くと、年齢を重ね高齢になった時の話だと思うかもしれません。
しかし、理学療法士として多くの人の体を見てきた立場から言えるのは、体の衰えは、働き盛りの40~50歳代から静かに始まっているという事実です。
福岡市を含め、日本では平均寿命と健康寿命の差が大きな課題となっています。厚生労働省のデータによると、健康寿命と平均寿命の差は、男性で約9年、女性で約12年あります。福岡市の資料によると、男性の平均寿命は約81歳、健康寿命は約72.6歳、女性では平均寿命約87.1歳、健康寿命約75.4歳と報告されています。これは、平均で男性が約8.4年、女性が約11.7年も健康ではない期間があることを意味します。つまり、「病気として診断される前」から、 体の機能が静かに低下している時期が相当あるのです。特に40~50歳代は、健康診断で異常がなくても、将来の「動ける体」を左右する変化が進みやすい年代です。
なぜこの年代の「動ける体」を見直すことが重要なのか。理学療法士として、数値だけでは分からない身体機能の低下が、後の生活の質や健康寿命に大きく影響していることを多く経験してきました。ここでは、40~50歳代の皆さんが今のうちにできるチェックポイントと日常でできる対策について、具体例を交えながら解説します。
― 健康診断では見えない「体の衰え」 ―
多くの働き世代は、年に1回の健康診断で「異常なし」と言われることで安心します。
もちろん、血圧や血糖値、コレステロールといった数値は、病気の予防に欠かせない重要な指標です。まず理解していただきたいのは、一般的な健康診断は、病気の有無や生活習慣病のリスク評価にとても有用ですが、日常動作や姿勢、歩き方といった機能面の細かな変化や、「以前より体が動かしにくい」「疲れやすくなった」といった小さな変化については、健康診断だけでは十分にとらえることが困難であるということです。いわゆる“体を動かす力”、つまり日常生活の土台となる運動機能については、評価が限定的になりやすいのが現状です。
健康診断で評価されるもの
●血圧
●血糖値
●中性脂肪・コレステロール値
●肝機能や腎機能などの血液データ
これらは心疾患や糖尿病などのリスクを知る上で重要な指標ですが、体を“動かす力”となる機能的な指標は含まれません。
対して、実際の生活で重要なものは以下の要素です:
●筋力
●バランス能力
●柔軟性
●歩行の安定性
これらは「動ける体」の要となり、将来の介護リスクや生活の質に直結します。しかし、一般の健康診断には含まれていないため、見過ごされがちなのです。

― 働き世代から始まるカラダの変化 ―
~50歳代の働き世代では、病気として診断される前から、筋肉・関節・神経といった運動器の機能が少しずつ低下し始める時期です。これらは突然起こるのではなく、日常生活や仕事の積み重ねによって静かに進行するのが特徴です。
特に下半身の筋力低下は40代から進みやすく、「体力は変わらない」と感じていても、バランス能力や筋力の低下は静かに進行します。
日本国内の研究でも、40~74歳の地域在住成人6,500人を追跡したところ、総合的な身体活動量が低い人ほど筋肉量の低下や筋力低下(サルコペニア)のリスクが高いことが報告されています。つまり、運動量の違いが将来の筋力低下・身体機能低下に直結する可能性が示されています。
こうした変化は自覚しにくい一方で、将来の生活の質や健康寿命に大きく影響するため、早い段階で気づき、対策を講じることが大切となってきます。「まだ健康診断では異常なし」でも、「少し歩くと疲れる」「階段で息が切れる」「体が硬くなってきた」という感覚は、将来の機能低下の初期サインである可能性があります。
― 働き世代に多い運動器の機能変化 ―
全国の40~60歳代を対象に行われた調査では、約4割が関節の違和感を日常的に感じていると報告されました。特に膝の違和感が20%と最も多く、肩、腰、首にも違和感が見られます。これらの背景には、下肢・体幹筋力の低下、関節周囲組織の柔軟性低下、姿勢や動作パターンの変化に加え、**デスクワークや立ち仕事などによる反復的・持続的な身体負荷(職業性運動器疼痛:仕事に伴う身体の使い過ぎによる痛み)**が複合的に影響していると考えられます。研究でも、筋力低下や運動不足、職業上の身体負荷が、膝・肩・腰などの運動器症状の発症や慢性化と関連することが報告されています。
― 働き世代が気づきやすい「膝・肩・腰」の変化と体の中で起きていること ―
40~50歳代になると、「大きなケガや病気はないけれど、体の調子が以前と違う」と感じる場面が増えてきます。こうした小さな違和感は、体の衰えが始まっているサインであることが少なくありません。
●膝関節|「立ち上がりや歩き始めがつらい」
「椅子から立つときに膝が痛む」「歩き始めに違和感がある」といった症状は、働き世代でもよくみられます。研究では、加齢や運動不足により下肢筋力(特に大腿四頭筋や殿筋)が低下すると、膝関節の支持性が低下し、関節への負担が増加することが示されています。その結果、日常動作の中で膝にストレスが集中し、痛みや変形性膝関節症の初期変化が生じやすくなります。
●肩関節|「腕が上がりにくい」「痛む」
肩関節では、年齢とともに肩まわりの筋肉が弱くなったり、動きが硬くなったりすることで、肩関節を安定して支える力が低下しやすくなります。そこに、家事や仕事での腕の上げ下ろしなどの動作が繰り返されると、肩の中の組織に負担がかかり、炎症や小さな傷が生じやすくなります。こうした状態が続くことで、いわゆる**40肩・50肩(肩関節周囲炎)**を発症し、痛みや肩の動かしにくさが現れます。
●腰部|「長時間座ると腰がつらい」
デスクワーク後の腰の違和感や痛みは、働き世代に最も多い訴えの一つです。
体幹筋力の低下や長時間の座位姿勢は、腰椎や椎間板への負担を増加させます。特に同じ姿勢が続くことで、椎間板内圧が高まり、周囲組織へのストレスが蓄積することが知られています。このような状態が続くことで、慢性的な腰痛や動作時痛につながりやすくなります。
― 「動ける体」を知るためのセルフチェック ―
以下は、自宅でも簡単にできるセルフチェックです。 ぜひ実際に試してみてください。

― 「まだ大丈夫」が将来を左右する ―
これらの膝・肩・腰の症状は、健康診断では評価されにくく、「年齢のせい」「疲れのせい」と見過ごされがちです。しかし実際には、将来の生活の質や健康寿命に影響する重要な体からのサインです。
40~50歳代の段階で体の変化に気づき、体の使い方や生活習慣を見直すことが、10年後の健康に大きく左右します。体の衰えは、早く気づければ、十分に取り戻すことが可能です。今感じている小さな違和感こそが、体からのメッセージなのです。
大切なのは、特別な運動を始めることではありません。「できるだけ階段を使う」「歩くときに歩幅を少し意識する」「仕事や家事の合間にストレッチを取り入れる」「姿勢を意識する」といった、日常動作の小さな工夫が、運動機能を保つことにつながります。
健康は、結果ではなく日々の積み重ねです。頑張りすぎず、できることを続ける。その積み重ねが、将来も自分らしく動ける体を守ります。
― 10年後の自分は、今の選択で決まる ―
「健康診断の数値は正常だから安心」と思っている人も多いかもしれません。しかし、体は日々の動作や生活習慣の中で、少しずつ、確実に変化していきます。40~50歳代は、将来の体力や動作能力に大きな差がつき始める時期です。
だからこそ、「今は元気だから大丈夫」ではなく、**「今の自分だからこそ、10年後の自分を選べる」**という視点が大切になります。
働き世代の今こそ、体の衰えに目を向けてみませんか。
今日の小さな意識と行動が、10年後のあなたの「動ける体」をつくっていきます。
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